福岡県PTA連合会機関誌/平成30年3月号から「何度も言います 冷たいもの飲み過ぎです/NO.84」
 昨年9月の中国北部、黄河流域に続いて、お正月中国南部、長江(揚子江)近辺を旅しました。

 一日に佐賀空港から飛び立ち上海、紹興(しょうこう)、杭州、蘇州(そしゅう)から上海に戻り8日に再び佐賀空港に到着し、そのままテレビ生放送が仕事始めというハードな行程でした。

 子どもの頃は、信じられないほどの勉強嫌いだった私は、知識の置き忘れが山ほどあって・・・。それを取り戻すための大人の修学旅行のような旅なのです。

 紹興市は日本に縁の深い文学者魯迅の生家があり、書をたしなむ方なら誰もがあがめる書聖・王義之(おうぎし)ゆかりの蘭亭があるなかなか修学旅行にぴったりな文化的な歴史ある美しい町なのです。興味ある方はぜひググってみてくださいね。

 乗る予定だった新幹線のチケットが3日まで全て売り切れていたとか、夫が二人のパスポートの入ったバックを置き忘れる等々の話はお会いした時に聞いていただきましょう。

 上海の新幹線の駅でお腹が空いたのでパンと牛乳を買いました。中国は豆乳やヨーグルトは豊富に販売されているのですが、牛乳はなぜか少ないのです。それも冷蔵ケースではなく外の棚に置かれています。私は冷蔵庫に入っている牛乳を下さいと通訳してもらいました。すると売店の女性は「エーッそんな身体に悪いものを」と。購入した牛乳のパックを見ると高温殺菌で6ヶ月の賞味期限、納得です。そして彼女は牛乳がいけないのではなく冷たいのがダメだと言ったらしいのです。

 ああまた子どもたちに冷たい飲み物はいけませんよと言う話かと思われたでしょ。
そうです!その通り!これだけは手を替え品を替えて繰り返し言わせていただきますよ。

 中国では三度三度きちんと食事をしましたが一度だって氷水はおろか水さえも出てきませんでした。温かいウーロン茶がポットでたっぷりと出されます。少し高級で今風な中華レストランでは美しいポットの中はお湯でした。

 福岡と同じくらいの気温と聞いて出かけたのですがやはり寒く0度に近い気温。その上連日の雨、その上中国は広い。コートに染み込んでくるような寒さの中を歩きに歩くお婆さん。

 それに耐えられて元気で旅を楽しめたのはひとえにどこへ行っても温かいお茶があったから。お陰で元気に戻って来れました。
福岡県PTA連合会機関誌/平成30年1月号から「その食べ物気持悪いですか?/NO.83」
 九月に中国を十日間ほど旅しました。中国人の友人の里帰りに同行させてもらったのです。

 最初の目的地は_博(しはく)。青島から新幹線で1時間半ほどの山東省11番目の都市。人口は453万人と言いますからやはり14億近い人口を有する中国ですね。紀元前の斉の国が栄えた_博は中国北部の黄河流域にあり、長い歴史や伝統を持つ都市です。

 友人の親せきが待つレストランには約束の時間を少し過ぎての到着。すでにテーブルの上には溢れんばかりのお料理。どう表現したら良いのでしょう。豪華とか贅沢などと言うのではないのです・・そう豊か!豊か!なのです。

 さまざまな肉料理、炒めた野菜のいろいろ、アワや小麦やコーリャンで作ったクレープのような餅(ピン)とお粥。・・セイロで湯気を上げている蒸し野菜は山芋、殻付きピーナッツ、とうもろこし、枝豆、干ナツメ。果物もスイカをはじめ梨や瓜が山盛り。

 まず青島ビールで乾杯して、お腹ペコペコの私は目の前の肉を一口「このお肉おいしい!謝々!」「ラバはおいしいですものね」
「ラ、ラバ?」「馬とロバを掛け合わせた動物です」「・・・」
私はそこで腹をくくりました。「なんでもこーい」

 鉢に茶色のものが大盛りしてありますがこの説明はいりません。カラリと揚げたセミ、イナゴ、サソリです。いつか召し上がるチャンスがある時には、尾の針を取り除いて下さいね・・口に刺さると痛いですよ。山東省は中国の中でも最も伝統の食事が受け継がれている地方のようです。

旅は大変快適でおいしいものでした。鶏のとさか付き頭の入ったスープやアヒルの血で作ったお豆腐のような物・・内心ギョッとはしましたが・・ギャーギャー騒いだりは決してしませんでした。

 その料理はその土地の文化の中で培われたもの。その土地の人には普通の食べ物なのですから。

 ヨーロッパの友人から言われたことがあります。来日したての頃、お椀を開けたら白い目をむいた魚の頭!失神しそうになったのよ。アメリカ人からはイカの活き造りの黒い目が恐すぎて今でも食べられないと。その土地土地で食べ物の嗜好や習慣はちがうのです。

 気持悪いと思う物を無理に食べる必要は決してないのですが、自分が食べられないからと言って「ぎゃーぎゃー」騒ぎ立てるのはとても失礼だと改めて思った旅でした。

福岡県PTA連合会機関誌/平成28年11月号から「台所は危険がいっぱい/NO.82」
 小麦粉の袋裏側の注意書き読まれた事ありますか?説明書読むのは字も小さくてめんどうですよね。私が代わりに読みましょう。

「ご注意 油で揚げるお菓子などを作る場合は、生地(きじ)が破裂して油が飛び散り火傷をする危険性があります」

 何だか恐いですね。続いて・・「ドーナツなど水で練った生地の場合は粉100gにベーキングパウダー3gと砂糖10g以上の両方とも必ず入れて下さい」

「知らなかったわー」と言う声があちこちから聞こえそうです。

 実は私若い頃に(はい・・ずいぶん大昔)大失敗した事があるのです。イタリアの大女優さんの書かれた料理書の中にとても簡単な揚げ菓子を見つけました。材料も粉と塩、お水だけでシンプルです。早速生地をこねて油に入れました。油の温度が上がってくるとパチンとかなり大きな破裂音がして次にまたパチン。私は恐くなって慌てて火を消し台所を出てドアを閉めました。

 バチバチバチ・・隣の部屋で銃撃戦が繰り広げられているような騒がしさ。やっと音が静まったので、そーっとドアを開けました。

 そのときの光景を今でも思い出します。ガス台のうえは油だらけ。薄茶色になった生地は壁という壁に張り付いています。掃除は大変でしたが、逃げて正解でした。そのままなんとかしようと鍋の前にとどまっていたらと思うとぞっとします。皆さんにはこういう経験がない事を祈ります。

 温度が上がると生地の中に入っている空気が膨張し破裂するのです。砂糖やベーキングパウダーを加えて空気の逃げ道を作るとこういうことは決して起こりません。

 「スペインふうの揚げ菓子などお湯でこねた生地の場合は星形の口金を付けて表面をあらくして下さい」と書かれています。昔の私は料理書のここを見落としていたのです。

 ドーナツを作るのが恐くなりましたか。でも家では絶対に揚げ物は作らないぞとは思わないでいただきたいです。揚げ物こそ家で作ってほしいです。揚げたてのおいしさは格別ですし、油も酸化してなくて子どもの健康のためにも良いのです。きちんと基本を知って作れば安全です。台所には刃物や水や火があって慎重に行動する場所であることを子どものうちから知らせておきたいものです。

福岡県PTA連合会機関誌/平成29年9月号から「気が利かない/NO.81」
 イベント会場に到着しスタッフと車を降りると3人の若い男性がお出迎え。彼らは笑顔で挨拶をし、スマートに私たちを先導します。気分が良かったでしょうですって?いいえ!
私たちは腕が抜けそうな大荷物を持っていたのです。何も知らない人がその姿を見たら「おぼっちゃま」にかしずくばあ婆や。「荷物手伝っていただけますか」と頼めばよかったのですが。でもねっ!何と申しますかそう言う雰囲気ではないのです。彼らからは少しの悪気も感じないのでなおさらです。

 料理教室の途中でひどくせ咳き込みました。(順調に年を取っているので最近度々です)私を取り囲んでいた優しい生徒さんたちは心配顔で見守っています。「心配してくれなくって良いからそこのコップにそこの蛇口から水を注いで渡して」と心の中で叫びました。どうしてこうも気が利かない人が多いのでしょうね。こういう経験は一度や二度三度四度五度・・・きりがありません。

 「思いやりがない」「人の痛みが分からない」「想像力に欠ける」そういう言葉ではなんだか表現できない気がします。生物としての心と身体の反射能力が低下している・・そのような感じでしょうか。

 細い通路で人とすれ違う時には反射的に身体を少しどちらかに寄せますよね・・それがそのまま堂々と真ん中を突き進んで来られて慌てて壁に張り付いた経験はありませんか。

 なにかを捜すようにきょろきょろしている人を見かけたら「何かお困りですか」と声をかけますよね。お年寄りがおぼつかない足取りでエレベーターに乗り込んで来たら「どうぞごゆっくり」との気持ちで「開」のボタンを自然に押しているでしょ。

 考えてからというのではなく、とっさに身体が反応し行動している。ちょうどテーブルの上の卵がコロコロと転がって落ちそうになると反射的に手で受け取りますよね。ボールが飛んでくれば瞬時によけますね。 人が困っているところに出会ったら同じようにさっと反応するってそんなに難しいことなのでしょうか。

 知人の話ですが、ある日道路で何かにつまずいて転び、やっとの思いで立ち上がると若い人が笑いながら携帯で写真を撮っていたのだそうです。「痛いと思うよりそれが何だか恐くって」と彼女。

 話がだんだんと重くなってしまいましたが、なにかに遭遇した時に心と身体の反射神経が正しく作動する人間に育つ方法をどなたかご存知ありませんか。

福岡県PTA連合会機関誌/平成29年7月号から「不器用も長所/NO.80」
 少し格好を付けて「不器用・・」としましたが本当は「どんくさい」漢字で書けば「鈍臭い」がテーマです。

 ウェブの類語辞典で見ると、ダサい、間が抜けている、手際が悪い、気が利かない、イケてなく見栄えが悪いと散々な言葉です。

 私のことですかって、そ!あなたのこと(笑)、そして筆者自身のことでもあり、あなたの子どもさんのことかも知れませんね。

 キチンと支度して出したつもりが保育園に迎えに行くとシャツは、はみ出し靴下はかかとまで脱げている。先生が「あつまれー」と声をかければわが子だけ反対方向に走っている・・なぜなぜ? 

 慌てて参観に駆けつければ他のお母さんはブローしたツヤツヤヘアに完璧な化粧・・。なぜなぜそんな余裕があるのだろう?自分はギリギリいつもパサパサ髪の疲れ顔。集まりに行けば「昨日でしたよ」と笑われて、誰からも教えてもらえない自分の人付き合いの悪さを呪う。

 これは想像ではなく私の体験でもあるので、サンプルはいくらでも書けます。
 私のドン臭さは本物で(決して自慢してる訳ではありませんが)、今だに飛行機に乗ってもシートベルトの脱着に迷い、高級なブティックやレストランではビクビクし、今風な美容院に靴を脱いで入ったら「靴は履いたままで」と言われ赤面し・・・。

 もうすぐ70歳になろうとするのにこの体たらくです。そうは見えないと思っていただけているとしたら、多少開き直りができてきたせいかも知れませんね。

 それなのになぜ「不器用も長所」と言えるのかですよね。

 鈍臭いのであまりおしゃれ洒落な人たちのグループに誘われませんでした。だからその方々の持っているブランドのバックも不必要でしたし、高いランチ代の支出も考えずにすみました。友達も少なかったので読書する時間も取れました。いろんなトラブルも遠くで「ふーん」って感じで関わらずにすみました。寂しくなかったかって?もちろん多少は!でもね!多勢に関わっていたらきっともっと寂しい思いをするのが鈍臭い人間なのですよ。

 自分は自分と思って仕事をしてきました。鈍臭いから人の数倍時間がかかりましたが、鈍臭いから(しつこいね)嫉妬もされず、従って足も引っ張られずで、なんとか自分の仕事が全うできそうな歳になりました。

 いかがですか自分の不器用さが長所に思えてきませんか。

福岡県PTA連合会機関誌/平成29年5月号から「私だけの言葉/NO.79」
 小学校5、6年生のころ、同じクラスの女子小柳さんがこちらを見ながら「あんたの眉ね・・今は気に入らんかもしれんけど大人になったら格好良いよ」と。その頃の私はまだ幼稚で自分の容姿をそれほど気にはしていませんでしたが・・・。

 今思うと私の眉はとても薄くって急なカーブ。まるで中国劇の女形のようです。顔はまん丸、目は細くもちろん鼻も低い。その子はやむにやまれぬ気持ちで元気づけてくれたのだと思います。私ときたらそれを拡大解釈して「大人になったら奇麗になるよ」と理解してしまい、時にふれ記憶の中から取り出してはニンマリしていたのです。

 偉人の名言や格言を使って元気づけたり、諭して下さった方は大勢いましたが、数分後には何を聞いたかさえも忘れてしまいます。他人が聞くと意味不明でも自分にだけ向けられた特別な言葉は一生の宝物になりました。

「大人になったら格好良いよ」60年も前の一言ですが今でも思い出すと心が温かくなります。

 中学の卒業式の日に家事ババア(本当に申し訳ありません)と呼んで、ちょっと怖がっていた家庭科の鍛治先生とすれ違いました。

彼女は眼鏡越しに私をちらりと見て「何かやれる子だと思ってたんだけどねぇ」とおっしゃいました。その頃の私は無気力、虚弱・・口だけ達者と言う最低の女生徒でした。その私に・・「なにか出来る子?」うれしすぎます。

 私が職業婦人(言い方が古い)となり、曲がりなりにも今まで続けられているのはこの言葉のお陰かも知れません。鍛治先生は私がテレビにでるようになり、講演会場やわが家での料理教室に顔を出して下さいました。後ろの席でこっそりのつもりのようでしたが私にはそこだけ光が射しているように感じられました。先生ありがとうございました。小柳さんありがとうございました。

 いつも思っているのではないのですがなにかの折にふっと心に浮かんでその時々の自分を支えてくれる言葉があることは幸せです。

 誰にでもではなく私だけに向けてのパーソナルな言葉。心からの一言をどなたかににプレゼントすることが、彼女たちへの私の唯一の恩返しかなーと思っています。そのお二人はもうこの世にはいらっしゃいません。