福岡県PTA連合会機関誌/令和3年5月号から「食卓の調味料/NO.103」
  私がついうっかり料理研究家になってしまったのは、母から強引に短大の栄養科に入れられたからです。もちろん今では大感謝なのですが…。授業中は、ボーッと空想しているか教科書以外の本を読んでいるかの落ちこぼれ学生。卒業時に頭に残っているものは皆無。今となっては高い授業料を払ってくれた親に対して謝ることもできません。

 先日「先生の料理は薄味でおいしいです」と生徒さん。言われてみて気がついたのですが、外で食事をするとほぼ味が濃すぎて。あとでのどが乾きます。

 母は料理上手でしたが煮物などは甘辛く濃い味だったように思います。するとですね…私の味覚は2年間の学生時代で培われたのかもしれません。そうであるならばボーッと過ごしたあの時間も決して無駄ではなかったということです。それどころか素材の味を感じさせる薄味が身について、私や家族の健康の礎を築いてくれたのでした。

 皆さんの作る料理の味付けはどうでしょう。もし濃いと思われたら「今からでも味覚は変えることができますよ」と言えるのは私の経験からです。

 簡単なことから始めましょう。インスタントラーメンなら、指示された分量より水を多く入れます。佃つくだに煮や塩辛などは子どもたちには刺激の強過ぎる食べ物だと思ってください。「うちの子は酒のつまみのようなものが好きで…」なんて自慢げに話す人がいるのには驚きますが…。

 餃子(ぎようざ)やしゅうまい。下味のついた焼肉にさらにタレをつける。それが当たり前になっていませんか。最近では減塩の行き過ぎが問題にもなっていると聞きますが。子どもたちには塩辛さを好む嗜好(し こう)を身につけさせたくはありません。

 よその食卓のことはよく分からないのですが…(誰も招いてくれないので)。

 昔はどこの家庭にもテーブルの上に調味料セットが置かれていましたが今はどうなのでしょう? 食卓にはちゃんと味付けされた料理が置かれているはずです。刺身や冷奴(ひややっこ)、納豆など食卓での味付けが必要な時にだけ調味料があれば良いのでは。必要もないのに何にでもソースをかける誰かさんのようになってしまいそう。何日も小さな容器に入れっぱなしのしょう油は風味が飛んでしまっています。慣れるとそれにも気付かなくなります。

 コロナの影響で家庭の中での食事がさらに大切になっています。皆さんの食卓が楽しく健やかであることを祈っています。
福岡県PTA連合会機関誌/令和3年3月号から「お金で買えないもの/NO.102」
 私の知人は山間の小さな町で代々続く旅館の女将でした。お客の減少と建物の老朽化もあって惜しまれながらも昨年の春に閉じてしまいました。

 しばらくして「老人施設の相談役として就職した」と手紙がきました。「相談役と言っても雑用係ですけど」と、ふざけながらも弾んだ筆使いに彼女の意欲が見えます。

 数カ月してメールをもらいました。いきなり「山際さん、今の時代笑顔にもお金がかかるのよ」と…。かいつまむと、長年サービス業を営んでいた彼女は、入所のお年寄りは大切なお客さま、誰彼となく声をかけ、笑顔で対応していたのだそうです。するとある日、施設
長から呼ばれて「ニコニコと誰にでも話しかけるような非効率なことはやめてください。入所を考えて施設見学にこられた方にだけには愛想良くして」としかられたのだそうです。それから彼女が笑顔を節約したかどうかは書かれていませんでしたが笑顔にもお金がかかる…。考えさせられますね。

 お金さえあればなんでも買える。お金で買えないものはない。というのが資本主義の行き着く先でしょうか。近内悠太著『世界は贈与でできている』にこんな話が出ていました。

 1900年代にスイスのある村でアンケート調査がされました。村が原子力発電所からの廃棄物の処理場の建設を受け入れるのに賛成か反対か。結果は賛成が51%だったのだそ
うです。2度目のアンケート調査が行われました。それには建設を受け入れれば村には多額の補償金が支払われるとの一項が加わりました。その結果は信じられないことに賛成が25
%に減ってしまったのです。住民は原子力の恩恵を受けているのだから負担も引き受けなければとの「公共心」からの賛成だったのに、お金と引き換えというのでは話が違うと思ったのだそうです。ほっとする話ですがこういうことは意外に身の回りにも多くありそうです。

 金で買えないものをあれこれと思い浮かべられる人は幸せかもしれません。コロナで経済格差が広がっています。それを不幸な結果で終わらせないために私たちが考えることは
たくさんありそうです。

 「太陽のエネルギーも空気も無料で使っている」とは私の中学校時代の93歳になられる美術の先生の言葉です。
福岡県PTA連合会機関誌/令和3年1月号から「幸せになりたいなら/NO.101」
 いつも自分は損な役回りばかり、どうして良い友だちに巡り会えないのだろう、ほかの人はどうしてあんなに豊かそうなのかしら。なんて思うことありませんか。若い頃の私もそうでした。

 書店をのぞくと、「幸運を呼び込む方法」「愛される生き方」「人生に奇跡が…」。読むだけですてきな人生がやってきそうな本の数々。書いてあるように笑顔を絶やさず、いつもポジティブ思考でマイナスな言葉を使わず、身ぎれいにていねいな生活をすれ
ばあなたにも幸せが…。確かに! でもね、世の中こんな人ばかりだと少し気持ち悪くないですか。

 苦労や悩みのない人生なんてありえない、それも含めて豊かな人生なのかなって思
いますけど。棚ぼたで幸せがやってきたり、いつも良い思いばかりする人生ってあり得ないです。とはいえ幸せの方向にいつも手を差し伸べていたいですね。

 最近カナダの作家モンゴメリの作品『赤毛のアン』が「アンと言う名の少女」と題してテレビで放映されて、アンは男性にも人気者になったようです。(赤毛というのは差別的な表現らしくて最近は使えないとか)

 孤児のアンがカナダのプリンスエドワード島のグリンゲーブルズに住むマリラとその兄のマシューに引き取られて美しく賢い女性に育っていくというお話ですが、その中に大好きなエピソードがあります。

 大人がみな、町へ出かけて子どもたちだけで留守番という冬の夜…アンのところに友のダイアナが「妹が咽頭(いんとう)炎になった」と助けを求めに来ます…。ダイアナの家に駆け込んだアンが若いお手伝いに言い放ちます。「やかんにはお茶わん1杯の水しかないわ。水をたっぷり入れたからストーブのマキをどんどんくべてちょうだい。気を悪くするかもしれないけど…。あんたに少しの想像力があればこんなことはもっと前に気づくはずよ…」。小さな子どもがゼイゼイとせき込んでいるのだから部屋を暖かく蒸気で満たしておかなければとは思わないのって。「あんたに少しの想像力があればこれくらいのこと気づくはずよ」。…この言葉心にしみませんか。

 アンはこの想像力で自分の力でしっかりと幸せを掴つかんでいきます。「想像力」。わかりやすく言い換えれば「気が利く」ってことです。いろんな場面で自分のすべき役割に気づ
きその役割をちゃんと果たす。これですよ。幸運をつかむ一番の近道。

 料理教室でいつもお皿を洗い、ゴミを片付けてくださるあなた。最近のデーターで、そういう人が成功を収め幸せになると出ていました。
福岡県PTA連合会機関誌/令和2年11月号から「見て見ぬふり… /NO.100」
 9月のまだ暑さが残る日に家の近くを歩いていました。向こうのバス停付近で何か動いています。近づくとそれは高齢の男性が仰向けに倒れていて起き上がろうとしてもがいているのです。私は横を通り過ぎながら男性の方に手を伸ばしました。その手に軽く触れながらその方は上半身を起こしました。もう少し手に力を込めて立ち上がらせようとすると、「この体勢になったら大丈夫…。乗りたいバスが来たので走ったのが間違いだった」と言いながら立ち上がられました。私はそのまま歩き去りました。その間10秒足らず。

 「おじいさん大丈夫?気をつけてくださいねー」なんて優しい声をかけるのは私の柄ではないし…。よい歳をしてこれでも照れ屋なのです。

 それにしても横で珍しい生き物でも見るように。突っ立っていた男性はなんなの? 避けるように早足で通り過ぎていった女性たちはどうしたのでしょう。

 高齢になると筋力が弱って、寝た状態から立ち上がるのが難しくなるのをご存知ないのかしら。ご自分も座った状態からでも「どっこいしょ」と声を出さないと力が入らなくなっていると思うのですが…。

 転んでいる人がいれば手を差し伸べ、迷っている人がいれば声をかける。ごく自然な人間の優しい衝動だと思うのですが、一体何をちゅうちょするのでしょうか。手と手が触れればコロナに感染する。まさか!

 見て見ぬふりをするのはどういう心理なのでしょう。ネットや本で調べてみました。心理学研究家のゆうじ氏のがわかりやすかったので参考にさせていただきました。

 ●まず空気を読んでしまう…周りを見回して○○くんも動いてないから自分もいいか…という気持ち●責任を取りたくないという気持ち…自分がやらなくても誰かがするだろう。やって非難を受けたり中傷されたくないと考えてしまう●人の目を気にする…電車で席をゆずって断られたらと嫌だなーと思ったり、人の目が気になる。●対処法がわからない…これも多いと思うのですが、どうしていいかわからない。

 そうですねその気持ち、だれにだってありますね…克服するのは簡単ではないかもしれませんが、少しの勇気の積み重ねでなんとかしてみたいものです。

 また食のことに触れずじまいでしたが、私は「かわいそう」と口で言うだけでなく、持っているおにぎりを半分分けて差し出せる人になりたいと思うのです。

福岡県PTA連合会機関誌/令和元年9月号から「ロボットの方が親切かも/NO.99」
  読書が好きです。本屋で背表紙をながめているだけで幸せなのです。
行きつけの本屋さんが店を閉めたので、移動の途中で寄れる駅の本屋が行きつけになりました。「ブックカバーはいりません。領収書お願いします」

 毎回ほぼ同じ店員さんなので何度かそう伝えると覚えてもらえると思ったのは大間違いでした。1年が過ぎても支払いの度に「ブックカバーは?」と初めてのお客に対する表情と言葉です。最初は不思議だと思い、少し不愉快になり、ついにはいら立っている自分がいました。

 人生の喜びの一つを失うような気がしましたが、それ以降、本はネットでの購入です。

 数年前の冬、カギを持たずに出かけ、夜9時過ぎに帰宅しました。夫が在宅なので大丈夫と思っていたのですが甘かった…。何度チャイムを鳴らしても反応がなく携帯電話にも出てくれません。30分たつころには身体が冷え切ってしまい風邪をひきそうに。(別れてやる)と思ったかどうかは別にしてもなんとかしなければなりません。近くのホテルに電話を入れ、簡単に事情を説明して空室はあるかとたずねました。「どのようなタイプのお部屋がご希望ですか」が相手の反応でした。「今説明したように…シングルで結構です」。しばらくお待ちくださいとの言葉通り、しばらく待たされた結果「満室でございます」で終わり。一瞬相手はAIロボットかと思いましたが…。最近のロボットなら「お困りでしょうけれど…」の一言か「近くのホテル、お調べしましょうか」と、もっと親切なプログラミングがされているはず。

 私の凍えそうな脳みそがこの人をロボットと替えてよと叫んでいました。

 少し前、私がテレビ番組で料理を担当していたころの出来事。準備室から熱々のお鍋をスタジオに持って行くとIHヒーターの上に台本が載っていて鍋を置く場所がありません。両手もふさがっているので、近くに立っていた男性に「そこの台本退けてくださるー」と気軽に声をかけました。そして思いもよらない反応に自分の耳を疑いました。

 「僕の仕事ではないですから」

 コロナも怖い豪雨も、地震も心配。そして、この悪気のない、天然とも言える気遣いのなさも不気味に恐ろしい。このごろ怒るに怒れない出来事が増えているような気がします。

福岡県PTA連合会機関誌/令和2年7月号から「心に科学を/NO.98」
 「お母さんのおにぎりを食べた子どもは、決してグレたりはしません」

 ある座談会でその女性は力強く発言しました。周囲も納得顔でうなずいています。私は少し躊躇(ちゅうちょ)しながらも言ってしまいました。「根拠は?そしてデータはありますか?」

 視線が一斉に私に向けられました。またあの人が意地悪なことを言って!

 味方がいないのでかえって闘志が湧いた私は「コンビニで握ったおにぎりではもちろんダメですか…お父さんのでは?」と続けて、場を思いっきり白けさせてしまいました。皆さ
ん。私を意地悪だと思われますか。

 お母さんの握ったおにぎり…響きの良い優しい言葉です。でも子育てってそんなに簡単でしょうか。もし子どもが少しでも横道にそれたら、母親が握ったおにぎりを食べさせなかっ
たからと言われるのでしょうか。残酷でしょ。耳に心地よい言葉に要注意です。信じて、受け入れるとなんとなく心が落ち着きます。でもそれで良いのでしょうか。

 「野菜類は皮に一番栄養があるのでむいて食べるのはもったいない」

 疑いもなくその通り、だからこそ少し気をつけましょう。皮には紫外線から害虫、細菌から野菜や果物を守る成分が集まっています。アクや渋み、苦味、辛味。植物が自身を守る成分が人間にも同じような形で役に立っていることは証明されています。昆虫や哺乳類(ほにゅうるい)に食べられないためのアクや苦味や辛みは、「忌避物質」と言われます。ほど良ければ問題なしですが、過剰になればまずくなるどころか、害にもなります。

 私もリンゴは皮のまま。最近ではモモも小さなキウイもうぶ毛を落としただけでかじります。でもピーマンは少し考えます。炒めても煮てもおいしいのですが、生では…。あのツ
ルツルした皮、これが薄い割には手ごわくて、消化が悪いのです。生に肉みそをつけてバリバリ食べた日の夜は胃が痛みました。低学年の子どもやお年寄りには負担ですよ。何につけ絶対ということはないのです。受け入れる前に自分でも調べてみましょう。

 ぴったりの本を見つけました。元村有希子さん(毎日新聞論説委員兼編集委員)の著書『カガク力を強くする!』(岩波ジュニア新書)。その中に「疑い、調べ、考え判断する力
を一人一人が身につける重要性」とありました。科学的に考えるためメッセージが満載です。

 子どもたちと一緒に、今のこの時代を賢く乗り切る力を養ってください。